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昔この辺りの井戸水は、濁り水が多く大変水質が悪いため、「砂こし」をしなければ飲むことができませんでした。幕府の鳥見(鷹場の管理などをする役人のこと)水谷又助は、そのことを憂い上司の許しをうけ、山崎玄恵という老人の指示の下に、文化2年(1805年)正月、鳥見屋敷内に清水を湧出する井戸を掘り当てました。
この碑は文科10年(1813)正月にこのことを記念して、当時の国学者屋代弘賢が書き記し、水谷又助が当香取神社に建てたものです。
この井戸はその後亀有村の40余ケ所に引かれ、村人の飲料水として使われました。現在この井戸は使われていませんが、今も鳥見屋敷跡である亀有2丁目にその姿をとどめ、大切に保存されています。
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